広島県公立大学法人 叡啓大学 ソーシャルデザインセンター センター長・教授 早田 吉伸

広島県を、新しい時代の中心に——。
叡啓大学創立から関わる早田吉伸教授の新刊
『チェンジ・リーダーの思考 地方からの挑戦』
に込めた思いについて、小誌発行人・前田代表が聞く。
新しい価値を生み出す
大学を広島に作る
前田
今日は叡啓大学の早田吉伸教授にお話を伺います。私は、2018年に3期生としてHBMS(県立広島大学経営管理研究科)に入学し、早田先生からCSV(共有価値の創造)やSDGsについて学びました。先生はこの叡啓大学には設立から参画され、現在もソーシャルデザインセンター長として指導しておられます。
 このほど早田先生が書かれた『チェンジ・リーダーの思考 地方からの挑戦』(発行/ザメディアジョン)では、広島の経営者10人と対談をされています。その中で幼少期についても聞かれていますね。経営につながるとか、今の人格形成につながるということなのかと思いますが、先生ご自身はどんなお子さんだったのでしょうか。
早田
平凡な家庭で育った優等生タイプでしたね。ただ「自分は何のために生まれてきたのか」という、人生の意味を大きな問いとして持っていました。小さい頃の夢は小説家か映画監督です。今やっている仕事とは違いますけど、人生の意味づけをしたいとはずっと思っています。人と話すときも「この人は何のために活動しているんだろう?ここで何を実現したいんだろう?」ということに関心がいくんですよね。
 子どもの頃の話に戻りますが、小説家や映画監督になろうにも、九州の田舎の生まれなので周りにそんな人もいないし、どうやってなれるか分からない。大学生になったとき自分があまりにも平凡だから、これまで会ったことのない人たちに会って引き出しを増やそうと思い、居酒屋でバイトを始めたんです。そこで人との距離の詰め方がうまくなりました。
 就職は映像とかマルチメディアに注目してNECに入りました。結局営業に配属されたんですが、居酒屋のバイトで鍛えたおかげか、お客様の困りごとを捉えるのがうまくて成績が上がりました。ストーリーを作るのも好きだから、お客様の課題を聞いて、こんなことが出来たらいいですねと提案したりするうちに、大きな仕事を任されるようになりました。ちょうどIT戦略が始まった時期で「地方に面白い若者がいるぞ」と注目され、霞ヶ関に呼ばれて政府と一緒に仕事をするようになり、やがて出向で政府の中に入って政策を作ったりしました。最後の仕事が東京オリンピックだったんですが、公式スポンサー企業の皆さんと喋っても、新しい価値を生み出せそうな感じが全くしない。これは教育システムの問題じゃないかと思うに至りました。新しい価値を作らないといけないのは間違いないんだけど、そういう教育になっていないんじゃないか。それまでの私もそうだったんですが、顧客のニーズを100%満たすことがいいと思っていたし、上司の言葉を聞いて上司が何を求めているかを把握してそれにうまく答えていました。それで評価もされ組織で昇進していけるわけですが、みんながみんなそういうことだけやっていても、日本は良くならないんじゃないか。あるいはこれからの社会は良くならないんじゃないか、と思ったんです。
 そこで35歳の時に、働きながら大学院に行き直して「大学を“教育しつつ外の人材を巻き込みながら、社会をより良くバージョンアップするための装置”にしたい」と博士論文を書きました。その指導教官が広島出身者だったご縁で、広島県で大学を作るという話があり、広島に来ました。
霞ヶ関での仕事を通して
教育の重要性に気付く
前田
今のお話だけでも色々なことがたくさん出て来て驚いています。
小泉政権時の地方創生のときに、実際に地方を回られて印象に残ったことはありますか。
早田
霞ヶ関って全ての自治体を同じ法律で一律に規定しようとするんですが、地方って色々な形の地域があるでしょう。
ですから一律の法律や仕組みで管理することってほとんど不可能なんです。それで特区制度ができて、規制が一部緩和されたりしましたね。そのときに地方に出向いて一番印象に残っているのは、せっかく新しいことができるようになったのに、新しいことをやりたいという地方のトップがあまりいなかったことです。なぜかというと、これまでだったら何もしなくても霞ヶ関の言う通りにしておけば地方交付税交付金が入って来た。でも、新たに変なことやると入って来なくなるかもしれないから、“何もせず長いものに巻かれた方が得”とする人が多いのがショックでしたね。
 もう1つは、それまでは法律に基づいて仕事を作っていたのが、法律の規制緩和の仕事についたことで、法律が絶対不変のものじゃなくて実は変えられるんだと分かったのがいい学びでした。法律って思ったより考えずに作られているということも知りました。「考えている」というのは、突っ込まれたときに整合性が取れる説明ができるか、説明責任が果たせているかということに重きを置いて作られているんです。ですから、その法律によってどういう社会になって、いったい誰がどういう状態になるのか、ということをほとんどシミュレーションせずに作っちゃうんですよ。それって顧客の声が分かんないのに商品を作ってるのと同じじゃないですか。
 日本が世界から取り残されているのはなぜだろう?と考える中で、社会が良くなるためにはバージョンアップできる装置としての教育が重要だと思いました。
知識を使うための
プロジェクトを通じた学び
前田
早田先生の授業はよく覚えています。先生のおかげでCSVの概念に触れ、「性能向上とリノベーション」というテーマを掲げ「社会課題を本業で解決しよう」と研究しました。
早田
事業をやって来られた中で、元々の土壌があったからこそ新しい考え方が響いたんですよ。知識を実行に移せるかどうかに意味がある教育です。前田代表は学びを自分の事業に活かされています。知識を実行に移しておられるのはすばらしいことですね。
前田
光栄です。2021年にスタートした叡啓大学ですが、ユニークな教育ですね。読者の皆さんの中にはよくご存じない方もいらっしゃるかもしれませんので、教えていただけますか。
早田
従来の大学というのは、知識をどうやって身に付け深めるかという考え方です。研究者であればそれでいいのですが、一方で知識とは使うもの。つまり、問題解決や新しい価値を生み出すために知識を使っていかなくてはいけない。1つの課題を解決したり価値を創り出そうとすると、多様な知識が必要になるでしょう。この「多様な知識を使って1つの課題を解決する」ことを、大学では教えてなかったんです。ですから知識を使うこと自体を大学が教えるべきことなんだと定義して作った大学です。プロジェクトベースドラーニング(課題解決演習)というのが特徴で、例えば2年次・3年次の2年間で3つの企業と問題解決プロジェクトを行い、4年次では自分のプロジェクトを1年間かけて行います。企業や行政と共にプロジェクトを行うことに最大の特徴がある大学です。
前田
前田 海外からの学生も多く、国際色豊かですね。
早田
生の20%が海外の国籍です。英語だけでも卒業できるカリキュラムですので、言葉の障壁はありません。
前田
広島の企業の経営者や会社員なども大学に集まっていますね。私もその1つ、SIGN(Social Innovators Gathering for Next Hiroshima)に参加させてもらっていますが、こちらも早田先生の主宰ですね。
早田
はい、魅力的な人たちの存在が地域にとって重要なのですが、なかなか見える化されにくい。SIGNを開くことでそういう人たちを見える化し、「すっごく輝いてる面白そうな大人がいるよ」と子どもたちに伝えられれば、転出超過も起こらないんじゃないかと思って。その最初のきっかけ作りとして始めました。
AI時代だからこそ
必要とされる“人”とは
前田
転出超過という課題に対して、我々経営者も若者たちに魅力を感じてもらえる経営とは何か、日々考え取り組んでいるところです。そうした中で、改めて広島の魅力という点ではどのようにお考えでしょうか。
早田
私は社会がものすごく変化していると思います。ひょっとしたら明治維新以上の変革のタイミングが、この数年で来るのでは、という感覚があります。1つには、資本主義が行き詰まって来た。資本主義って信用経済で国がお金を発行して進めていくんですが、この数年、世の中に流通している貨幣の量が膨大なものになって来ました。それにより社会の経済が変わると思います。
 もう1つはAIがこの数年で爆発的に浸透してきました。その結果、首都圏ではホワイトカラーが圧倒的に余ります。ホワイトカラーの仕事というのは、現場におけるデータの収集から整理分析という作業ですが、AIの登場によりそれらの作業がAIに代替されます。
 一方、私が地方で経営者から相談を受ける内容は、「いい経営者人材がいない」という声です。経営者はM&Aも含めて、どんどん会社に相乗効果を出す付加価値を付けていきます。東京で余った人材の中から、広島で経営者の右腕になって事業を後押ししたいという人がたくさん出てくると見込んでいます。彼らはいい経営者と一緒に仕事をして、自分も成長したいと思うはずです。
 では、「いい経営者」とは何かというと、従来通りのことをこれまでの延長線上でやるのではなく、“業界初”とか新しいことをやる経営者です。そういった経営者に東京の意欲ある人材はきっと惹かれるはずです。そういう変革型のリーダーがいたら、地域に付加価値がついて人が呼べます。誰でもできそうな当たり前のことを最適にオペレーションするのはAIに代替されるので、これからは人間でしかできないこと、すなわち「自分の頭で考えて判断して進んでいく人」がいることが最大の価値です。広島にはそんなリーダーがいることを知らせたいですね。
広島には魅力的なリーダーが
いることを外に伝える本
前田
先生の本『チェンジ・リーダーの思考 地方からの挑戦』も、地元にすばらしい方々がいることを見える化し伝える1冊ですね。
早田
ありがとうございます。魅力的な人たちの中でも特に重要なのが経営者なのです。事業を作ることもできれば、そこから雇用を生むこともできる。経営者は地域にとって非常に重要なファクターです。いい経営者がいることが地域の大前提だと思います。その中で、私自身の勉強不足なのかもしれませんが、新しいことをやろう、新しい価値を生み出そうとしている経営者、勉強している経営者が広島にはちょっと少ないように見えたんです。活躍する経営者って、勉強会に出て世界最先端の情報を得たり、本を週に2,3冊は読んだりして、常に自分をバージョンアップしていると思います。一方で、広島ではビジネススクールや勉強会に来てくださる、やる気のある経営者が少し少なく見えます。もちろん、ちゃんと勉強されている経営者の方々もいるのですが、そういう方々が見える化される構造が広島にはとても少ないと思いました。
 私が講義をするときも、事業を通じた社会貢献の事例が大企業だったりすると、「それは大企業だからできることなんでしょ」と思われるでしょう。でも、違うんです。広島にも既にやっている人がいると知ってもらい、言い訳できなくした方がいいんです。それをこの本に込めました。すごく勉強して、常に自分の事業を通じて新しいことにチャレンジしようとしている経営者の人たちが、こういう思いがあってやっているということを見える化した本です。それによって、1つには他の経営者に刺激を与えたいし、もう1つにはこういう経営者がいると若者にも知らせたい。誰と仕事をするかが重要な時代になっています。
前田
『ポスト都市時代の社会デザイン社会実装都市 ひろしま』(発行/角川アスキー総合研究所)というムック本にも協力されていますね。広島県の行政や金融グループのリーダー、若手経営者たちが登場します。
早田
はい、こちらは首都圏で働いている人たちや大企業に、広島で働きたい、広島に投資したいと思ってもらうための、いわば営業ツールです。広島は産業基盤のバランスがいい。商業基盤もあって、都市インフラが整っている。交通インフラがしっかりしている。ほとんど全てのスポーツ球団があり、世界遺産が2つ、そして国際的な知名度の高さ。広島には全てがそろっています。
前田
なるほど、広島の経営者としてうれしい言葉です。最後に将来のビジョンなどがあれば教えていただけますか。
早田
広島は日本で一番チャレンジできて、成長できる場所なんだと発信したいです。大学はそのハブになればと思います。
前田
本当にそうですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。
広島県公立大学法人 叡啓大学
ソーシャルデザインセンター(産学官連携・研究推進センター)
センター長・教授
早田 吉伸
佐賀県出身。熊本大学法学部卒業後、NECで自治体のIT事業を担当し、政府に出向して地域活性化政策とデジタル戦略構築を担当。
慶応大学大学院博士課程修了、システムデザイン・マネジメント学博士。
叡啓大学設立準備から携わり2021年より現職。
県立広島大学大学院経営管理研究科「HBMS」でも教鞭を執る。