株式会社晃祐堂 取締役社長 土屋 武美 氏

世界中で愛される熊野筆の製造・販売メーカー
「晃祐堂」。伝統に甘んじることなく
次々と新しい商品を生み出す土屋社長と
小誌発行人・前田会長がじっくりと語り合った。
熊野筆は江戸時代から続く
伝統的工芸品
前田
熊野筆といえば広島県が誇る伝統的工芸品です。
まずは熊野筆について読者の皆さんにご紹介いただけますでしょうか。
土屋
熊野筆は、ここ安芸郡熊野町に江戸時代から続く伝統産業です。
現在では熊野筆といえば化粧筆というイメージがありますが、今から約190年前の江戸時代後期に、熊野町で書道筆が作られるようになったのが始まりです。その筆は城下町広島はもちろん、江戸や京都、奈良といった大都市でも使われました。戦後に欧米の影響で化粧筆の需要が生まれると、書道筆の技術を生かして化粧筆も生産されるようになりました。熊野筆は1975年に経済産業省(当時の通商産業省)から伝統的工芸品として認定されました。経産省の伝統的工芸品は全国に244品目あり、熊野筆は毛筆産業としては初の登録です。
前田
晃祐堂さんはその熊野筆を製造・販売されていますが、創業はいつ頃ですか。
土屋
弊社は現会長である私の義父が1978年に書道筆づくりで創業しました。2005年くらいから化粧筆も製造するようになったのですが、化粧筆の売り上げはどんどん伸びています。私が社長に就いてからのことでいえば、10年前は化粧筆と書道筆の売り上げの比率は半々でしたが、今では7対3まで化粧筆が増えています。加えて、書道筆と違い、欧米をはじめ世界中で売り出せる製品なので、海外出荷比率が35%にものぼります。熊野町にもたくさんのメーカーがありますが、弊社のように化粧筆と書道筆を両方作っている会社は他にないですね。それが弊社の特徴であり、書道筆の技術を化粧筆に生かすことができるのが強みです。
統に縛られ過ぎず
今までにないものに取り組む
前田
ハート型の穂先をした化粧筆も晃祐堂さんのヒット商品ですね。とても斬新なデザインです。先ほどショールームを拝見したら、くまモンやリラックマなどのキャラクターをデザインした化粧筆もありました。ああいったユニークなアイデアはどこから出てくるのですか?
土屋
あの独自のデザインの製品の中で一番初めに発表したのがハート型のブラシで、最初のアイデアは会長で、それを私たちでブラッシュアップしていきました。
私は職人である義父のもとで筆づくりの修業から始めているので、それが新製品開発に役立っています。筆のことを基本から理解していないと、いいアイデアは出せません。弊社が化粧筆を自社ブランドとして始めたのは20年前で、化粧筆メーカーとしては後発なんです。最初はあまり売れなくて。使ってもらえばいい製品だと分かってもらえる自信があっても、ごく普通のデザインの化粧筆を、「これは書道筆の技術を応用していて使いやすくて……」と説明しても、なかなか手に取ってもらえない。だから、まずは手に取ってもらうためにどうすればいいかを考えたとき、「筆をかわいくしてみよう!」とひらめきました。そこから、ハート型やキャラクターのブラシが生まれました。するとお客様が「なにこれ?」と、手に取ってくださる。心理学の接近動機付けといって、かわいいものって人は本能的に近づきたくなるんです。ブランドがまだ有名ではなくても、商品自体を目立たせて良さを伝えようということから、独自デザインのシリーズが始まりました。
前田
なるほど、じゃあ「かわいい」もある意味戦略ですね。しかし、その反面、熊野筆って長い歴史があるでしょう。業界の中で、いろいろと言われることはありませんでしたか?
土屋
はい、すごく戦いました(笑)。最初にハート型の筆を作ったとき、「熊野の伝統と文化を壊すようなことをするな」、という批判を受けました。でもね、あの商品はブライダルギフトなどでたくさん売れたんです。発売以来10年以上経ちますが、累計50万本くらい売れています。大ヒットです。いざ製品が売れ始めると、それまで批判していた業界もコロッと変わって、うちに売ってくれと言われるようになりました。実績があれば、みんな認めてくれるんです。新しいことをやると、最初はガツンと批判を受ける。でも、新しい試みがゆくゆくは熊野筆のためになると信じてやっています。
地域ブランドに安住せず
世界へ広げていこう
前田
その中でブランディングにも力を入れておられますね。広島駅で見かけた「ユイイツムニ」には驚きました。
土屋
かわいい筆のシリーズのおかげで、晃祐堂という名前も段々と知られるようになりました。そうしたときに、弊社の技術の〝粋〟を集めた最上質の筆を作ってお客様に使っていただきたいという思いから、「ユイイツムニ」という新ブランドを立ち上げました。
前田
輪島塗の持ち手や特殊な形状の穂先など、目を惹きます。
土屋
筆はいい材料を使うのが重要で、最上級の毛を使っています。地域ブランドとしての熊野筆の中に安住するのではなく、熊野筆の伝統も大切にしながら、もっと上を目指したブランドです。最高峰の材料と技術で作られた筆の価値を理解してくださるファンを、世界中に広げられたら、と思っています。
前田
確かに海外からも注目されそうですね。
広島への思いもお聞かせいただけますか。
土屋
私は福島県出身で、結婚後に妻の実家である熊野町に来ました。
私の故郷では喜多方ラーメンが有名で、観光に活用されています。熊野には熊野筆以外にもいいものがたくさんあるので、観光を考えた町づくりとして、多くの人に来てもらいたいですね。
前田
では最後に、住まいへの思いなどおありでしたらお聞かせください。
土屋
私が広島に来たときに建てた家も、もう26年が経ちました。この家で息子3人を育てましたが、今は皆独立して熊野町を離れています。でも、息子たちは結構帰って来てくれるんです。息子たちが帰って来ても住めるように、家を長く残していくにはどうしたらいいでしょうか?
前田
やはり耐震性と断熱性、性能向上が重要ですね。
土屋
なるほど、リフォームでいい家にしたいですね。
そのときはよろしくお願いします。
株式会社晃祐堂
取締役社長
土屋 武美
1974年福島県生まれ。東京でのメーカー勤務を経て、1999年に熊野町に移住。晃祐堂で筆作りの修業から始め、2015年に社長に就任。
3人の息子さんは独立し、現在は奥様と4匹の猫たちと暮らす。